約 1,207,231 件
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/106.html
せつなとあたしはおでこをくっつけ合って、少し、笑った。 何て事しちゃったんだろう、と言う大きな後悔。大好きな人と 気持ちが通じあった、大きな喜び。 いろいろな思いが渦巻き、泣きたいような、笑いたいような不思議な気持ち。 「…ごめんね。」 もう一度、あたしは謝る。どんなに謝っても足りないのは分かってる。 でもそれしか言えないから。 「…うん。でも、もうこんな乱暴なのはやめてね。」 結構、辛かったんだから。と少し冗談めかして、せつなは含羞む。 「やだ、私…。」 「…わはー……。」 せつなは今更ながら自分のはしたない姿に気付いたように 服の前を掻き合わせ羞恥に耳まで真っ赤にしている。 パリッとしていたワンピースは見る影もなくくしゃくしゃで、 汗やその他諸々で汚れて、かなり悲惨な状態だ。 (わはー…、何かせつな、すんごいえっちぃんですけど。 いや、ひん剥いたのはあたしなんすけどね…。) 「どうしよう、これ。」 血の染みが付いたワンピースを摘まんで少し途方に暮れる。 買って貰ったばかりの服を汚してしまったのを気に病んでいるらしい。 「あー、だいじょぶだよ。これコットンだし。すぐに洗ってアイロン掛ければ!」 洗ったげるよ!貸して。と服を引っ張ろうとするラブに、 「あっ、やん!」 裾を押さえて抵抗する。 下、何も着てないんだから!と赤い顔で上目遣いに少し睨まれ ラブの顔も負けず劣らず赤くなる。 ついさっきまで、あーんな事やこーんな事をされてたのに 何を今更…と言う気がしなくもないが、どうやらそう言うものでもないらしい。 「…シャワー、浴びて来てもいいかな。」 そりゃそうだよね。恐らく身体中エライ事になってるんだから。 そりゃあ早くさっぱりしたいだろう。 「そだね!お湯、もう張ってあるから!ゆっくり入ってきなよ!」 そう言った途端、くしゅん!ラブがくしゃみをした。 考えなくてもラブも巻いていたバスタオルはとっくに落ちて、すっぽんぽんだ。 ある意味せつなより恥ずかしい。 クスリ、とせつなが笑い、 「じゃあ、一緒に入っちゃおうか?」 「!!ふぇ?!」 先に行くね。ぱさっ、とラブの頭に落ちてたバスタオルを掛けて、せつなは バスルームに向かった。 (一緒にって、一緒にって…?!) ラブは先ほどのせつなの言葉を反芻する。 『もう、こんな乱暴なのはやめてね。』 って事は、乱暴にしなきゃオッケー!って事すかね?! かぁっ!と全身が熱くなり、心臓が口から飛び出しそうにバックンバックン 脈打っている。 今こそ真の勝負の時!ラブの本能がそう告げていた。 大好きな人と(無理矢理ではあるが)体の関係を持ち、(順番が逆だが)気持ちを 確かめ合い、(普通はこれが最初だろうが)告白もした。 (これで二人は両想い!晴れてラブラブ恋人同士…!) のはず。 しかし、問題が一つ。 せつなは今回の事がラブが慣れない深刻な悩みに耽った挙げ句の暴走。 つまりは非日常、普通ならあり得ないイレギュラーな出来事と捉えて いないか、と言う事だ。 それは困る。大いに困る。トチ狂って暴挙に出てしまったが、 ラブとしては、ここまでやったからには付き合い始めの恋人らしく 日常的にあんなコトやこんなコト……できなきゃ意味がないのだ。 (それに、えっちは気持ち良くなきゃ! このままじゃ、えっちがトラウマになっちゃうかも!! そんなのせつなの為にも絶対良くない!!!) そのトラウマを植え付けたのは間違いなく自分なのだから 『責任取らなきゃ!』 ラブはいつものポジティブシンキングを取り戻しつつあった。 (ようし!!) ラブの体に闘志がみなぎる。 (待ってて!せつな!!女のヨロコビ、ゲットだよ!!!) 了
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/1026.html
中学生特有の病気(心の方の)/そらまめ 「ど、どうしたのっ? 怪我?! 怪我したのせつなちゃんっ!!?」 「お、落ち着いてブッキー! せつな怪我なんてしてないから!」 「じゃあなんで右目に眼帯を…もしかしてものもらいとか?」 「ううん…それも違うんだよ…」 「?」 休日、いつもの公園で待ち合わせのためみんなを待っていた祈里は、若干疲れた様子のラブと、思いつめたように険しい顔をしたせつなを見つけて思わず駆け寄った。 ものもらいの時などにする一般的な白色の眼帯に思わず手を伸ばす。怪我でも病気でもないならなぜこんなものを… 「っ! 触っては駄目よブッキー!!」 「えっ!? ご、ごめんねせつなちゃん…やっぱり怪我したの…? 大丈夫?」 「ごめんなさいブッキー…でも、この眼帯は取っては駄目なの…外してしまったら、私にも手が付けられないかもしれない…」 「え? え? どういうこと…」 「この右眼にはかつて世界を滅ぼしたと言われている伝説の獣神の力が封印されているの。もしこれが解放されたら私は私でいられなくなってしまう。この街だけじゃなく世界を滅ぼす存在となってしまうかもしれないの。だから、これはいくらブッキーのお願いでも外せないのよ」 「………ほんとにどうしたの」 「ブッキー真顔であたしの顔見るの止めて。あと眼が死んでるよ戻ってきて!」 眼帯をしたせつなはいつものようにドーナツとドリンクを目の前に、やはり険しい顔を崩さない。時折右眼を触りながら、「ぐっ鎮まれっ! お前はまだ出てきちゃいけないっ!」 とか「ふふふっ、私の意識を乗っ取ろうとしてるみたいだけどそうはいかないわよ…」などと小声でぶつぶつ言いながら、たまに左腕もさすっていた。 「ごめんみんなっ、今朝の仕事が押しちゃって遅れちゃった…ってどうしたのラブ、ブッキー、目が死んでるわよ」 「「……」」 「あとせつな、眼帯なんてしてどこか怪我したの? 病気?」 「怪我でも病気でもないんだよ美希たん…」 「ぐぁっ…! また、封印を解こうとやつらが攻撃をっ…! みんな私から離れてっ!!」 「…………病気じゃない。心の」 「ああっ…美希たんの目まで死んだ魚みたいに…」 「ラブ、アレ、説明、ハヤク」 「なんで若干片言な上に命令口調…」 「心を病んじゃってるんだよねきっと…ほら、せつなちゃんって抱え込んじゃう所があるから日頃溜まったストレスがここにきて消化不良をおこしちゃってるんだよ!」 「ブッキー、アタシ何かの雑誌で読んだけど、こういうのって無理やり理解してあげようとすると返ってダメージが大きいらしいわよ」 「せつながああなったの実はよくわからなくて…昨日の夜学校の宿題の調べもので一緒にパソコン使ってたんだけど、あたし途中で寝ちゃって…起きたらあんな感じに…」 「原因はパソコンね」 「そうだね。それしか考えられないよ」 「あ、やっぱりみんなもそう思う? だよねえせつなの口から獣神とか普通でてこないよね…」 三人揃ってせつなを見た。視線に気づかない当の本人は左腕を抑えながら「ぐ、勝手に私の体を操作しようっていうのっ? そうは、させないっ!!」とか言いながらドーナツを掴もうとする左手を反対の手で抑えるというひとり芝居をしていた。この光景を見る自分の目がなんだか濁ったような気がするが、現実から目を背けちゃだめだ!と心の中の葛藤の末、思い切ってせつなに話しかけてみる事にした。 「せつな、よく聞いて。あなたは今病気なの。とても深刻な」 「み、美希ちゃんっ! ストレートすぎるよっ」 「ブッキー、こういう輩には自身を客観的に見るってことが完治させるには必要なのよ」 「美希…わかってるわ自分が病気だってことくらい…でもね、この苦しみは分ける事はできないの。この宿命から逃れるなんて無理なのよ。だから向き合わなくちゃ。現実と」 「なんだろう。合っているようで合っていないっていうか、せつなの現実がよくわからないよあたし…」 「宿命とかって単語があれよね。せつな、あなたのその病気はね、一種の思い込みのようなものなのよ。わかる?」 「ええ。誰にも理解されないって事は分かるわ。だってみんなには、前世の記憶ってないでしょ?」 「ああぁあ…」 「美希たん諦めちゃだめだよっ」 「でも、イースを前世と考えればせつなちゃんには前世の記憶があるって言えるかも…」 「ブッキー真面目に考えちゃダメっ!」 「私の中の力が暴走してしまう前に何とかしないと…」 「せつな落ち着いて!! 今暴走してるのはせつなの妄想だよっ!!」 収拾がつかなくなりそうだったので一旦言い争いは止めました。 その後、どうやっても会話が噛み合わなかったので半ば諦めたように様子を見る事にした面々は解散した。 結局、それからせつながいつものせつなに戻ったのは一週間後の話。 競作2-28は、この事件の「裏」のお話。
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/1471.html
幸せは、赤き瞳の中に ( 第16話:本当の姿 ) 鈍く光る壁に覆われた、とてつもなく大きな部屋。その中央には、ラビリンス新政府が国の運営のために使っているコンピュータが置かれている。 かつての国家管理用メインコンピュータ・メビウスには、性能で遠く及ばない代物。だが、技術者たちが短期間で知恵を出し合い、資材をかき集めて作った新生・ラビリンスの大切な財産だ。その周囲を、表情のない数多くの人たちが取り囲み、黙々と作業を続けていた。 「全てはメビウス様のために……」 「全てはメビウス様のために……」 ――我が新しき器を用意せよ。 メビウスの命令に従って、隊列になって機材を運んでくる者たち。それを次々と接続する者たち。コンピュータを操作し、メモリーの増設を着々と行う者たち――。 皆が一様に同じ言葉を唱えながら、無駄の無い動きでそれぞれの任務に取り組んでいる。 「全てはメビウス様のために……」 「全てはメビウス様のために……」 「全てはメビウス様のために……」 「ホホエミーナ! 一気に決めろ!」 不意に、唱和ではないはっきりとした声が響いた。壁の上部に備え付けられた幾つものスクリーンが一斉に起動して、同じ光景を映し出す。 それは、黒光りする巨大な四角い身体のモンスターが、これまた巨大なガラスの筒のようなものと対峙している光景だった。モンスターの胴体には丸く大きな穴が開いており、ガラスの筒は、ズズッ、ズズッ、と音を立てながら、その穴に引き寄せられようとしている。 ガラスの筒――いや、ガラスの筒状の化け物が、反撃に転ずる。その側面から灰色のコードが何本も放たれ、箱状のモンスターを襲う。その瞬間、飛び出した小さな人影がコードを残さず掴み取り、束にして引きちぎった。 そこで画面が急速にズームアップされる。映し出されたのは、コードを引きちぎった人物と、あと二人。モンスターの足元に小さく見えていた、三人の人物だ。 「デリートホールに吸い込んだからと言って、消去したことにはならん……それはお前もよく知っているだろう。つまり……」 「つまり、メビウスと“不幸のエネルギー”は、まだこのラビリンスに残り続けることになる。そういうことよね?」 さっきコードを引きちぎった人物――三人の中で一番の大男の言葉を、紅一点の少女が引き取る。ああ、と頷いた大男が、もう一人の銀髪の男の方に向き直る。 「俺も懸命に考えたのだ、俺に出来ることを。そして分かった。俺とお前が組めば、メビウスは完全に消去できる。お前がコイツを捕まえている間に、俺が“不幸のエネルギー”を全て使い尽させればいいのだ。そうだろう!?」 大映しになったその男は、カッと目を見開き、眉を吊り上げ、口から泡を飛ばす勢いで言い募る。 声に温度があるならば、それは燃えたぎる火のように熱い声。だが、それに答えたのはまるで氷のような、冷たい声音だった。 「それは不可能だよ。メビウスが“不幸のエネルギー”を使い尽すはずがない」 炎と氷がぶつかり合うような二人の睨み合い。しばしの沈黙の後、次に聞こえてきたのは、大男のさっきより低い声だった。 「このまま、また昔のように管理されるか。それともいつ飲み込まれるかもしれぬ不幸に、怯えながら生きていくか――。そんな未来をアイツらに……この国に押し付けるなんて、俺には出来ん。なあ、何か策があるのか?」 「それは封じ込めた後だ。そこをどけ」 苦し気な、何かにすがるような大男の声を、銀髪の男のにべもない声が一蹴する。 その途端、二人の間の空気がガラリと変わった。 大男の全身からは譲れない意志が、銀髪の男の声には、初めて必死さを感じさせる熱が、ぶつかり合い、絡み合ってスクリーンから滲み出る。 「策は無いということか……。ならば、ここを通すことは出来ん!」 「僕が絶対に何とかする。だからそこをどいてくれ!」 「いいや、ダメだ!」 「そうか……ならば仕方がない。力づくでも、通してもらうよ」 激しい言い争いの後、少女の制止を振り切って、拳と拳を交える二人の男。 大男に放り投げられた銀髪の男が、ガラスの筒と一緒にモンスターの方へと引き寄せられていく。そんな彼の、その場にそぐわぬ穏やかな表情が大写しになった途端、その顔が驚愕の表情に変わる。 次に映し出されたのは、少女に腕を掴まれた銀髪の男と、ホッとした表情を見せる少女、それにモンスターの上で少女の身体を支えている大男の姿だった。 「こんな策は認めん!」 大男の声が響き渡る。 「お前が一人で、不幸を引き受ける必要はない。不幸は、俺たちみんなで抹殺するんだ。そうだろうっ!」 いつの間にか静まり返った部屋に、大男の怒声が響いた、その時。画面の中の三人の姿が、突如激しく揺れ動いた。 空中に放り出される三人。大男が残りの二人を庇って、地面に叩きつけられる。 「ソレワターセー!」 驚愕の表情をした少女のアップの後、彼女の視線を追って映像が移動する。 そこにあったのは、植物のような姿をした、さらに巨大なモンスターだった。ただの一撃で倒した箱型のモンスターにシュルシュルと触手を伸ばし、その身体を持ち上げる。 「はぁぁぁぁっ!!」 銀髪の男の蹴りが炸裂した。それと同時に一つの塊となった二体のモンスターが、これまでとは桁違いの超巨大モンスターとなって、男を地面に叩き落とす。その瞬間、辺りに悲鳴のような声が響いたのは、スクリーンの中と外、どちらの出来事だったのか。 「この私を消去しようとは……身の程を知るがいい!」 「ソレワターセー!」 重々しい声に答え、天の頂から振り下ろされる拳。 一発。二発――さらに一発。 おびただしい数の瓦礫が宙を舞い、もうもうと立ち込める埃が画面を白く曇らせる。 「全てはメビウス様のために……」 「全てはメビウス様のために……」 「全てはメビウス様のために……」 人々は、相変わらず無感情に同じ言葉を唱えながら、コンピュータの周りを取り囲んでいる。その瞳には、再びスクリーンに映し出された彼らの姿――横たわったままピクリとも動かない三人の姿と、見るも無残に破壊された街の光景が映っていた。 幸せは、赤き瞳の中に ( 第16話:本当の姿 ) 灰色一色の空と、まるでその空を映したかのような、瓦礫で埋め尽くされた地面。その上に倒れている六人の人影――。 荒涼とした光景を、天の頂から無表情で眺めるメビウス。その巨大な姿の足元にある“不幸のゲージ”から一本の灰色のコードがするすると伸びた。 コードは、仲間二人を庇うように倒れている少女をかすめるように素通りし、彼女が覆い被さっているもう一人の少女に、音もなく近づく。そして彼女の手元に落ちていたものを絡め取ろうとしたとき、その少女――ラブが薄っすらと目を開けた。 途端にハッと目を見開き、コードが狙っていたものを拾い上げて大事そうに胸に抱く。 それは、せつながラブに託したノーザの本体。ウエスター、サウラー、せつなの三人が懸命に戦っている間、ラブがずっと両手で握り締めていた、あの球根だった。 コードが即座に標的をラブ自身に切り替える。だが襲い掛かる前に、その鎌首を華奢な手が素早く掴んだ。 ラブと少年に覆い被さっていた少女が跳ねるように立ち上がり、コードを引きちぎって油断なく身構える。そんな彼女を襲ったのは、天から降って来た冷ややかな声だった。 「何の真似だ?」 メビウスが少女を見下ろし、淡々とした口調で言葉を続ける。 「耳を澄ますがよい。我がラビリンスは、再びこの私が管理した。お前の望んでいた通りの世界になったのではないか」 「私は……」 そこで言葉に詰まって、少女が唇を噛みしめる。 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。 メビウスの言う通り、人々が唱和する声が、今はメビウスの城となった新政府庁舎の方から小さく聞こえていた。 かつてはラビリンス全土で、常に聞こえているのが当たり前だった声。だが、その声が耳に入った時、何故か少女の脳裏に蘇ったのは、全く別のもの――ラビリンスの人々の、笑顔だった。 メビウス亡き後、初めてE棟以外の人々と寝食を共にしたとき、遠慮がちに向けられた幾つかの微笑み。やがてそれは次第に柔らかく深くなって、今では誰もが自然に浮かべる笑顔になっていった。 それと同時に、新しいラビリンスを受け入れられなかった少女にとって、笑顔というものは、向けられるといつも苛立ちばかりが先に立つ、大嫌いなものになっていった。それなのに――。 (もう、このラビリンスであんな能天気な顔を見ることも、なくなってしまうのか……) ブン、と頭をひとつ振って、何を馬鹿なことを、と呟く少女。その時、ラブを狙うもう一本のコードが音もなく忍び寄り、あっという間に少女の脇をかすめた。 飛ぶように現れたせつなが、慌てて手を伸ばす少女を突き飛ばすようにして、すんでのところでコードを弾く。その時、よろめいた少女の腕を掴んで引き戻したのは、ようやく気絶から目覚めたらしい、あの少年だった。 「大丈夫だ。やらなきゃならないことを、これから一緒に全力でやるぞ」 「やらなきゃ……ならないこと?」 苦いものを噛みしめているかのような口調で問いかける少女の顔を、せつなも優しい眼差しで見つめて、静かに頷く。 「ええ。それは、あなたの本当にやりたいことに繋がっているはずよ」 「本当に、やりたいこと……」 力のない声――でもさっきよりは明るい声でそう呟いた少女は、少し照れ臭そうな顔で少年とせつなの顔を見つめると、そっと少年の手を払った。 「やりたいことなんて分からない。だけど……今はコイツを、全力で守る!」 三人の若き戦士が並び立ち、油断なく身構える。そんなかつての僕たちには目もくれず、メビウスは彼らに守られている一人の少女――球根をギュッと胸に抱きしめているラブに、無表情な視線を向けた。 「さあ、それを渡せ。それはお前が持っていても、何の役にも立たん」 「どうしてそんなに、ノーザを欲しがるの? やっぱり、最高幹部だから?」 ラブが真っ直ぐにメビウスを見つめ、負けじと大声を張り上げる。それを聞いて、メビウスは口の端をわずかに上げた。 「ノーザ? 私はノーザが欲しいのではない。欲しいのは、私のデータだけだ」 「メビウスのデータ……?」 「それって、どういう意味!?」 怪訝そうに呟くせつなの後ろで、ラブが再び天に向かって呼びかける。 「ノーザには、最高幹部の他にもっと大きな役割がある」 「メビウスの……あなたの護衛として作られたんだよね? ノーザも、クラインも」 「そんなことまで知っているのか」 ほんの一瞬目を伏せたメビウスが、すぐに元の無表情に戻って語り始める。 「そうだ。私は自分の護衛として、爬虫類のDNAからクラインを、植物のDNAからノーザを生み出した。だが、護衛というのは表向きのこと。二人の本当の役割は、別にあった」 「本当の……役割だと? それは何だ!」 「是非、お聞かせ頂きましょう」 ラブの隣から、二つの新たな声が響いた。ウエスターとサウラーが、瓦礫の上からゆっくりと起き上がり、鋭い目で元の主を見上げる。 「クラインは、私のデータの管理とメンテナンスを行う。そしてノーザは、私のプログラムのバックアップを兼ねている」 「何だと……」 「一般に、植物は動物よりもメモリーの容量が大きい。無限メモリーの足元にも及ばないが、管理データ以外のプログラムなら、ノーザの体内に保存可能だ」 「ねぇ、せつな。バックアップ、って何?」 驚きに目を見開くサウラーの顔をチラチラと見ながら、ラブが不安そうな声でせつなに尋ねる。 「データのコピー、という意味よ。メビウスに何かあった時のために、ノーザはメビウスのプログラムのコピーを、その身体の中に持っていたの」 低い声でそう説明したせつなが、震える声でメビウスに問いかける。 「じゃあ、あなたに何かあったら、ノーザは……」 「そうだ。私に何かあれば、ノーザはその身を犠牲にしてでも、自身が持っているデータを使って私を復活させる任務を担っている」 「……」 「……」 「……」 あまりに衝撃的な事実に二の句が継げないでいる元幹部たちを、心なしか少し面白そうな顔で見つめてから、メビウスがちらりと少女に目をやる。 「お前はあの植木を、植物に戻ったノーザの本体だと思って手に入れたのだろう? だが、あれはノーザが私のデータを含めた自分のバックアップを取っていた植木だ。だから私の基幹プログラムに影響は無かったが、大事なデータの一部が欠落していた」 「大事なデータって……」 「このラビリンスに乗り込んできた、プリキュアとの戦いの記録だ」 メビウスの視線が、今度はラブと、その前に立ちはだかるせつなへと向けられる。 「何故これほど愚かな人間どもに、この私が倒されたのか、その一部始終だ。そう大きな問題ではないと思っていたが……やはり何らかの不具合があれば、原因は究明しなければならぬ」 「じゃあ、ノーザが自分の身体を……この球根を欲しがったのって……」 今度はラブが、唇をわなわなと震わせながら、メビウスを見つめて問いかける。その顔を傲然と見つめ返して、メビウスはさも当たり前といった口調で答えた。 「無論、私のためだ」 「ソレワターセー!」 不意に、巨大な影が六人の頭上を覆った。さっきまで盛大に暴れ回っていた巨大な怪物が、ラブたちの後方から地鳴りのような音を立てながら近づいてくる。 ウエスターとサウラーが、即座にソレワターセからラブを守るように立ちはだかる。せつな、少年、少女を含め、ラブを取り囲むようにして守りを固める五人に、メビウスの嘲るような声が降って来た。 「ソレワターセは、私の欲しいものを奪うためなら手段を選ばぬ。一般人を傷付けるのは本意ではないが、私の僕であるお前たちは話が別だぞ。私の命ずるがままに生きるという役割を放棄し、この私に逆らったのだからな」 「はぁぁぁぁっ!!」 皆まで聞かず、ウエスターとサウラーのダブルパンチがソレワターセに炸裂する。襲ってくる鉄球のような腕をかいくぐり、サウラーがダメージを与えた扉に向かって同時に拳を叩きつける。 わずかにのけ反ったソレワターセが、反動でぐっと前かがみになり、ラブ目がけて突進しようとする。それを見るや否や、今度はせつなと少女が同時に宙を舞った。 「たぁぁぁぁっ!!」 ソレワターセの足元に狙いを定めた、少女とせつなのダブルキック。その瞬間、ずっと無表情だったメビウスが驚きに目を見開く。 ソレワターセが地響きを立てて、瓦礫の上に腹ばいに倒れたのだ。着地と同時に目と目を見交わして、小さく微笑む二人。それを見てラブも嬉しそうに微笑んだが、次の瞬間、ソレワターセの猛攻が二人を襲った。 鉄球のような腕で弾き飛ばし、瓦礫の上に叩きつけたところに、さらに鉄球をお見舞いする。 「二人とも、しっかりして!」 再び地面に倒れ込んで動けなくなった二人の元に、転がるように走り寄るラブ。その頭上から、再びメビウスの冷徹な声が降って来た。 「ふん、他愛もない。さあ、それを渡せ。こんな愚かな者たちのせいで、もう二度とこんなエラーを繰り返さないためにも、原因を……」 「何言ってんの?」 その声を聞いた時、一体誰が発した声なのか、少女にも、そして少年にも分からなかった。 低く、暗く、くぐもった声。その声の主は、射るような眼差しを天に向けながら、ウエスターとサウラーの制止を振り切って絶対者の前に立つ。 桃色の瞳が、まるで光を放っているかのように爛々と輝いている。ツインテールまでもが、怒りのあまりいつも以上に逆立っているように見える。 全身でメビウスに挑みかかるような前のめりの姿勢で、ラブはその震える声を、今度は天に向かって張り上げる。 「せつなの役割? ノーザの役割? そんなものが、せつなや、ノーザや、この子たちの人生より……幸せより大切だなんて、おかしいよっ!!」 “不幸のゲージ”の側面から、再び灰色のコードが音もなく放たれる。メビウスだけを見上げているラブはそれに気が付かない。だが次の瞬間、コードはラブに襲い掛かる前に、何故か白く光って消えてしまった。 飛び出そうと身構えていたウエスターとサウラーが、不思議そうに顔を見合わせる。ラブはそんなことには全く気付かず、メビウスに向かって必死で言葉を繋いでいた。 少女に連れられ、せつなたちが育ったE棟を訪れたこと。彼女たちがそこで過ごした日々について、少女に教えてもらったこと。 自分なんか勉強も何もしていなかった幼い頃から、せつなや少女がずっと頑張って来たことを改めて知った。楽しいことなんか何も無い毎日の中で、それでも懸命に知識を身に着け、技を磨いて来たことがよく分かった――。 「そうやって歩いて来た道は、身に着けた技や力は、あなたのものなんかじゃない。せつなのものだよ。この子のものだよ。せつなたちがこの先、生きていくための力……幸せになっていくための、みんなを幸せにしていくための、せつなたち自身の財産なんだ! ノーザだっておんなじだよ。あなたのために自分を犠牲にするなんて、そんなのおかしいよ!」 「黙れ!」 メビウスの怒鳴り声と同時に、誰かがラブを突き飛ばし、もつれ合って一緒に転んだ。まだ倒れたままのソレワターセが放った触手から、せつなが身体を張ってラブを守ったのだ。 なかなか起き上がれないでいる二人の頭上から、メビウスの声が響く。 「幸せ? くだらん! 私が管理する世界では、悲しみも、苦しみも、不幸も無い。私のために存在することこそが、ラビリンスの国民の、正しい……」 「メビウス様」 今度は落ち着いた、しかしはっきりとした声が、メビウスの言葉を遮った。身を起こしたせつなが、ラブと同じように真っ直ぐに元の主の顔を見上げる。そしてラブを優しく抱き起してから、瓦礫の上にしっかりと立った。 「正しい姿なんて、私たちには必要なかったんです」 せつなは穏やかな、嬉しそうにすら見える瞳でメビウスを見つめ、静かに言葉を続ける。 ――あなたの作ったラビリンスの世界は、間違っています。 あの時の自分の言葉を思い出した。心からそう思い、メビウスにも分かって欲しくて口にした言葉。だが……。 (あの時は、メビウス様がコンピュータだなんて知らなかった。メビウス様にとっては、悲しみも、苦しみも、不幸も無い世界こそが、プログラムされた正しいゴール。だからああ訴えかけても、受け入れては貰えなかったんだわ) 「何だと?」 さっきのような怒鳴り声ではない不審げな声で、メビウスが問いかける。そんな元の主の大きな瞳に、せつなは生まれて初めて、ニコリと小さく笑いかけた。 そんなせつなをすぐ隣から見つめるラブが、不意にごしごしと目をこする。ほんの微かな光だけれど、せつなの身体が、ぼおっと赤く光っているような気がしたのだ。 ラブのそんな様子にも気付かず、せつなは右手を自分の胸に当てると、そっと目を閉じた。 (ラブは、私の辛い痛みも、悲しい過去も受け止めて、私のものだと言ってくれた。私の財産だと言ってくれた) トク、トク、トク……。 心臓の鼓動を、掌に感じる。あの日――ラビリンスのイースとしての寿命を終えたあの日に、もう一度生かされたこの命。だが、絶たれたはずのイースとしての過去は、決してそれで終わったことにはならなかった。 激しい悔いと、悩み、苦しみ。必死で目を背けて来たあの日々に意味があったのか、本当のところはまだ分からない。 でも、あの日々を生きていた自分も、幸せを求めていたことに気付いた。あの辛かった日々を愛し、光を当ててくれる親友が居た。 (だったら私は、私が持っているもの全て――私の本当の姿全てで、守りたいものを守って見せる!) 「人は、様々なものを乗り越えて、そのたびに姿を変えていきます。それが正しいか正しくないかなんて、誰にも分からない。でも、それらはどれも本当の姿なんです」 せつなが再び、穏やかな眼差しを天の頂へと向ける。今や誰の目にもはっきりと、強く明るい赤い光を放つその姿を、少年と少女が、ウエスターが、サウラーが、そしてラブが、驚きの表情で見つめる。 「私は、あなたの僕であったラビリンスのイース。その寿命を断たれた後に、四つ葉町で生まれ変わった東せつな。そして――幸せのプリキュア、キュアパッションです」 「せつな」 他の誰もが呆然とした表情で見つめる中、ラブだけがその言葉を聞いて、実に嬉しそうな笑顔を見せる。その途端、赤い光は輝きを増し、燦然たる輝きを放った。 せつなが空に向かって両手を差し伸べ、高らかに呼びかける。 「アカルン!」 「キー!」 打てば響くように、高く澄んだ声がこだまする。そして、灰色の空にキラリと赤い煌めきが見えたかと思うと、その可憐な姿が見る見るこちらへと迫って来た。 第17話:もう一度、みんなでへ ~終~
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/772.html
たくさんの人たちが波を作る。 波は大きな流れとなって人々を誘う。 大勢の人が同じ目的で列を成して歩く。ラビリンスでは馴染んだ光景。 違うのは表情。そして、繋がり。 家族、友達、恋人同士。 笑顔と興奮と感動。 そこにある――幸せ。 「どうしたの、せつな。驚いちゃった? 休日の遊園地だもの、このくらい当然よ」 「もし、調子悪いなら言ってね。色々お薬もあるから」 「ごめんなさい、平気よ。みんな楽しそうね」 心配そうな美希とブッキーに笑顔を返す。せつなにとって初めての遊園地だった。 「お待たせ! チケット買ってきたよ。今日は一日フリーパスなんだから」 「そうこなくっちゃ」 「うん、楽しみ!」 「私もたくさん乗ってみたいわ」 せつなは期待に胸を膨らませる。それは、幾度か経験のあるラブたちも同じ。 せつなと乗れる。せつなと遊べる。新鮮な喜びを分かち合える。それが何より楽しみだった。 入場門をくぐる。 一歩先はおとぎの国。人を楽しませるためだけに存在する空間。幸せの集う場所。 「さあ、行こう!」 ラブにつられるように、四人はいっせいに駆け出した。 「私、あれに乗ってみたい!」 せつなが指さしたのはメリーゴーランド。 優しい光と、楽しい音楽。可愛い動物達に乗って回転に身を任せる。誰に振ったかわからない 手を見つけて、せつなは手を振り返した。 「とほほ、この年で乗ることになるなんて」 「まあまあ、このポニー、家で預かってる子にお鼻が似てるし」 「知らないわよ、そんなの」 「恥ずかしくないよ、美希たん。あたしは今でも好きだよ」 次はコーヒーカップ。 緩やかな螺旋を描きつつ高速で回転する。――いや、高速なのは一重にラブのせいだ。 せつなは平然と。美希とブッキーは抱きあって悲鳴を上げていた。 「いっくよ~」 「ちょっと、ラブ、早すぎよ!」 「ラブちゃん目が回る」 「複雑な動きね。サイクロイド曲線になっているのね」 「だから……知らないわよ」 そして……観覧車で休憩。 コトコトコト。ゆっくりと上昇していく。室内は冷房が効いていて快適だ。 ラブは案内図を見ながらせつなとコースを確認する。美希とブッキーは……。 「う~~気持ち悪い。酔った……」 「はい、美希ちゃん。乗り物酔いのお薬。先に飲んでおけばよかったね」 そう言うブッキーも、青い顔をしながら薬を飲み込んだ。 そして、ジェットコースター! 最近リニューアルされた目玉アトラクションだ。 ゴンゴンゴン。ゆっくりした上昇から一気に急降下する。自由落下に迫る下降速度は、人体の 感覚を狂わせ混乱に陥れる。 水平回転、宙返り、垂直ループ。バンク角度と高低差がついた急カーブ。次々に襲いかかる恐 怖に乗客は絶叫する。 「「「きゃぁぁぁぁぁ」」」 みんなも叫んだ。ラブは笑顔で、美希とブッキーは目を閉じて。 せつなはそんな様子を不思議そうに見ていた。 「どうしたの、せつな? 楽しくなかった?」 「楽しくないわよ、アタシは死ぬかと思った」 「うん、怖かったよ~~」 「どうして……。――ううん、なんでもない」 乗り物は疲れたので、お化け屋敷に入ることにした。 このお化け屋敷は本格派と評判も高い。 ラブはせつなと。美希はブッキーとそれぞれペアで歩いた。 「わぁぁぁぁ、せつな、あれ! あれ!」 「落ち着いて、作り物よ。そっちはただの水蒸気よ」 「きゃぁぁぁぁぁ」 「大丈夫よ美希ちゃん。この子はかわいいよ」 なんとか出口にたどり着いた。 「なんか色々疲れた……」 「わたしは楽しかった!」 「あたしもすっごく楽しい。せつなは? あれ……せつな?」 「ねえ、ラブ。どうして……わざわざ恐怖を与えるような物を作るのかしら。 ジェットコースターにしてもそう。スピード感を楽しみたいにしては、度が過ぎていたわ」 不満、と言うほどでもない。ただ、何か釈然としないとせつなは語った。 実際、出口から出てくる子供達の中には、恐怖で泣いている子も少なくなかった。 そして、そんなものほど人気が高いのも納得がいかなかった。 「えっと、なんて言うんだろう。怖いから楽しいというか」 「叫ぶのが気持ちいいのかな?」 「勇気を試すのよ……多分」 ラブたちの説明も、どれも満足のいくものではなかった。 (この世界で育っていない私には、理解できないのかもしれない) なんとなく寂しい気持ちになる。 「えーん。えーん。おにいちゃん。ぱぱー。ままー」 小さな女の子が泣いていた。迷子らしい。ラブたちは駆け寄った。 「どうしたの?」 ラブはしゃがんで手を握り、事情を尋ねる。ブッキーはハンカチを取り出して涙を拭う。 美希は係員を呼びに走った。 手際のよい行動にせつなは目を丸くする。自分は何もできなかった。 少し考えて、アイスクリームを買うことにした。甘いものを食べれば気持ちが落ち着くかもし れない。 「はい、どうぞ」 お姉さん達に囲まれ、優しくしてもらって安心したのだろう。お礼を言って女の子は食べ始め た。 そのまま、しばらく話し相手になった。両親とはぐれて兄妹だけになったこと。そのお兄さん ともはぐれてしまったこと。 話していて恐怖を思い出したのか、また泣き出しそうになる。 大丈夫よ、そう言ってせつなは抱きしめた。 遊びにきて、悲しい思いをする。残念なことだと思う。 「あっ! ぱぱ~まま~おにいちゃん~」 女の子が迎えに来た家族を見つけて駆け寄った。抱きついて号泣する。そして満面の笑顔を取 り戻した。 その子のご両親が丁寧にお礼を言う。 別れ際、その笑顔を見て思う。それは――今日見たどんな笑顔よりも輝いていると。 でも、どうして……。 そう考えて、思い至る。あの子の心を満たすもの。それは――安心。 はぐれるという恐怖を体験したことで、普段感じていない家族といられる幸せを実感したんだ。 幸せと不幸は隣り合わせ。幸せを求めることは、ただ不幸を否定して遠ざけることではないの かもしれない。 だったら……。 ジェットコースターもお化け屋敷も、同じなのかもしれない。 安全に恐怖を体験することで、無事帰還する安心と幸せを得るためのアトラクション。 やっぱり……この世界の全ては優しさに満ちている。せつなは嬉しくなった。 「ラブ~美希~ブッキー~。私、もう一度ジェットコースターに乗りたいの。行きましょう!」 「うん、行こう。せつなっ」 「「えぇぇぇ―――!!」」 せつなとラブは、それぞれ嫌がる美希とブッキーの手を取って駆け出した。 「ねえ、ラブ。私はあまり恐怖は感じないの。だから、みんなほどさっきは楽しめなかった」 幼い頃からの訓練の繰り返し。その中にはGの耐性訓練も含まれていた。 「でも、今度は楽しんでみせる。精一杯、大声で叫んでやるんだから!」 そう言って笑うせつなの表情は――やっぱり今日一番に輝いていた。 たくさんの人たちが波を作る。 波は大きな流れとなって人々を導く。 大勢の人が同じ目的で列を成して歩く。繋がり、共感し、分かち合う喜び。 思いやりに満ちた施設と催し物。 家族、友達、恋人同士。 緊張と恐怖と安堵。 そして思い出す――幸せ。 避2-198へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/1073.html
【11月1日】 『めっちゃ公用語』 タルト「今日から十一月! 今月もめっちゃ張り切っていくで!」 美希 「出たわね! タルトのインチキ関西弁が」 タルト「インチキやなんて失礼やなぁ、これはれっきとした――――」 せつな「スウィーツ王国の言葉なのよね。自分の耳で確かめたのに信じられないわ」 祈里 「そうよね。めっちゃプリキュアとか言ってたし……」 せつな「どこをどう間違ったら、あんなパラレルが生まれるのかしら?」 ラブ 「まあまあ、楽しいからいいじゃない!」 タルト「せやせや。世の中、一つや二つくらい、わからんことがあった方が面白いんや」 美祈せ『絶対、一つや二つではすまないと思う……』 【11月2日】 『アロマテラピー』 美希 「今日は、元気になるアロマで一日頑張ろっと!」 せつな「良い匂いだとは思うけど、薫りで元気になったりするものなの?」 美希 「ちゃんと、医学的根拠もあるそうよ」 祈里 「香りは自律神経を安定。肌に塗ると保湿だけじゃなくて、体内に取り込まれて色んな効能があるの」 せつな「私も教えてもらっていいかしら」 美希 「任せて! せつなに合いそうな薫りはね~」 ラブ 「仲良く楽しく作るのも、元気の秘訣だよね」 【11月3日】 『幸せの体系』 四人 「今日は文化の日!」 せつな「みんなで、映画を観に行きたいわ」 ラブ 「映画って、観るのも楽しいけど、見た後で感想伝え合うのが楽しいよね」 せつな「でも、文化って具体的に何から何までをそう呼ぶのかしら?」 祈里 「後天的に学ぶことができる、集団が創造し継承している認識と実践の体系って書いてあるわ」 せつな「なんだか難しいのね」 ラブ 「ん~幸せ! って感じることができるものは、みんな文化だよ」 美希 「クスッ、ラブはわかりやすいわね」 せつな「でも、私もそう思うわ。それじゃ、行きましょう!」 【11月4日】 『ドーナツハウスで紅葉狩り』 カオルちゃん「公園の木々が色づいてきたねぇ。ハァ~ア、秋って感じ」 ミユキ「紅葉を見ながら食べるドーナツもおつなものね」 カオルちゃん「ミユキちゃん、今日は練習しなくていいの?」 ミユキ「休憩時間なのよ。疲れた時には、綺麗な景色と甘い物が一番ね」 カオルちゃん「変わらぬ日々に、ささやかな変化を与えてくれる。季節っていいよね」 【11月5日】 『幸せの三原則』 シフォン「シフォン、いっぱいお昼寝したぁ~!」 ラブ 「おはよう、シフォン。それじゃ、あそぼっか!」 カオルちゃん「先にドーナツ食べてく? 寝る子は育つ、よく食べる子はもっと育つってね」 ラブ 「そんな格言あったかなあ。でも、賛成! いただいてくね」 祈里 「赤ちゃんに必要な睡眠は、大人の二倍から三倍と言われてるの」 美希 「本当に、寝ている間に育つのね」 せつな「寝顔も可愛いけど、起きてる時間は精一杯遊びましょう」 ラブ 「ごちそうさま。行こう! みんな、シフォン」 【11月6日】 『山の味覚』 ラブ 「みんなで、山登りに行こうよ! お弁当持って、レッツ・ゴー!」 せつな「街でこんなに綺麗なんだから、山の紅葉はさぞかし見事でしょうね」 ラブ 「ルンルン! 栗に、アケビに、キイチゴでしょ。それと山ブドウ」 美希 「ガクッ! ラブは食べ物が目的なのね」 タルト「せやけど、山で取れる新鮮な果実ってえぇ~な~」 祈里 「楽しみね、でもキノコは見分けが難しいから注意してね」 美希 「アタシは、登山して帰ってきたら体重増えてた、なんてことにならないように注意しよっと」 ラブ 「結局、美希たんも食べるんじゃない」 【11月7日】 『もの思いの秋』 キュアパイン「イエローハートは祈りの印! とれたて・フレッシュ・キュアパイン!!」 祈里 「はぁ~。今さらだけど、どうしてわたしなんかがプリキュアに選ばれたのかな?」 ラブ 「向いてないなんて言ったら、あたしも同じだよ。どんくさいし、運動苦手だし」 せつな「被害に合うのは人間だけじゃないから、他の命も同じように愛せるブッキーが選ばれたんじゃないかしら?」 ラブ 「なるほど、ブッキーは動物が大好きだもんね!」 祈里 「どうなのかな? わたしの好きな動物さんって、やっぱり、わたしに取って都合の良い動物だけなのかも」 美希 「アタシならそんなことで悩まないわ。そんな優しいブッキーは、やっぱりプリキュアに必要なのよ」 【11月8日】 『落ち葉舞う季節』 せつな「公園で、とっても綺麗な落ち葉を拾ったのよ」 美希 「この時期、公園の地面は落ち葉のカーペットに覆われるのよね」 せつな「どうして、枯れて落ちるだけの葉っぱなのに、こんなに綺麗なのかしら?」 祈里 「それは諸説あって、よくわかってないみたいなの」 タルト「わからんからこそ、大自然の神秘なんや。頭で考えるんやない、心で感じるんや」 せつな「大きさも色も形も不揃いなのに、集まっても綺麗なんて不思議ね」 ラブ 「みんなバラバラなのに、一つ一つ綺麗で、集まるともっと。それって人間もそうだよね」 祈里 「生き物全部よ、ラブちゃん」 タルト「ええ話やけど、ワイをスルーせんといてえや……」 【11月9日】 『大体で良いんだ』 ウエスター「俺もドーナツを作ってみたぞ。サウラー、味見してみろ! あれ、どこ行った?」 サウラー 「部屋に避難しておいて正解だったね。毒ダンゴならぬ毒ドーナツといったところか」 ウエスター「おお! 見つけたぞサウラー。食ってみろ! 今回は自信作だ」 サウラー 「その黒い色と、焦げた臭いと、いびつなカタチを説明してくれたら考えよう」 ウエスター「黒いのはチョコレート味。匂いはこのくらいが香ばしいんだ。カタチなんて食べたら同じだ」 サウラー 「ぐぼおっ! ウエスター、ちゃんとレシピはもらったんだろうな?」 ウエスター「もらったが読んではいないぞ。男の料理は勘と勢いが大事だからな」 【11月10日】 『帰郷』 祈里 「今日はツバメさん達とお話したの。さむ~い冬を越すんですって」 美希 「ツバメは寒さに弱いって聞いたことあるわね。冬の間はどうしてるの?」 祈里 「オーストラリア辺りまで避難するそうよ。冬が終わると、また日本に戻ってくるの」 せつな「そんな……。休む場所すらない海の上を、何千キロも旅するなんて」 ラブ 「ずっと、オーストラリアで暮らそうとは思わないのかな?」 祈里 「生まれ故郷の日本が、それでも好きだからなんだって」 新-575へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/531.html
いのり、いのり。 舌足らずな声が這った。 「なあに、シフォンちゃん」 寝そべっていたシフォンに手を伸ばし、胸の前で抱きながら祈里は優しい眼を向ける。シフォンはきゃっきゃと笑うだけだった。横にいた美希がシフォンの顔を軽くつつく。やはりシフォンはきゃっきゃと笑った。 「なんか、夫婦みたいだね。ブッキーと美希たん」 美希の長い髪が窓ガラス越しの陽に薄く輝いて見えた。 「ね、せつな」 念を押された気がして、「そうね」とせつなは言った。 「美希たんが、ブッキーの旦那さんだね」 「えー? アタシもウェディングドレス着たーい」 式は祈里の通う学校の講堂では挙げられないか。町の端に神社がある。和服も捨てがたい。等々と口々に話す中で、シフォンは笑っていた。 せつなはおよそシフォンの表情が泣くか笑うかしかないことに気付いていた。細かなものを除けば、それこそがシフォンだった。 「私たちの赤ちゃんみたいな存在だよ」とラブはそう説明したことがある。 子供、か。卵子と精子が合体し受精卵ができる。やがて発生を続けて胎児が形成されていく。数億の中で自分という個体が命を授かるというのは考えてみれば凄いことだ、と学校で教わった。確率的には確かにそうだと思ったが、他のクラスメイト同様に、せつなにはそういう実感がなかった。おまけにせつなは、誰と誰の配偶子が接合して自分が生まれたのかも知らない。家族がいないとはそういうことだった。しばしば胎内の音に似ていると言われているテレビの砂嵐で、赤子は安心し、泣き止むと言われている。ただし、せつなは違っただろう。科学は人間を希薄にする。技術の行き過ぎたラビリンスが、まさにそうなのだ。 「はい。せつなさん」 祈里の声に顔を上げると、白い腕がシフォンをこちらに差し出していた。 「せつなが花嫁さん役ね。あたしは、お婿さん」 最近、学校の授業でこういう学習をしたことを思い出した。六十センチほどで三千グラムぐらいの赤ん坊の人形を抱いた。白い布に包まれていたその人形は、単なる数字とは違って、ずっしりしていたのを覚えている。どう、と聞かれて、重たいわ、と答えた。赤ん坊の眼はシールでできていた。 せつな、せつな。 シフォンは軽かった。相変わらず声を上げて笑っている。授業でも、こんな風に抱いたわ。部屋が少し暗くなった。陽が雲に隠れたらしい。 急に風が吹くように、少し考えた。このまま落としたらどうなるのか。ぱっと、急に両腕を広げて、肩より上にあげる。シフォンは膝の上に落ちてその大きな頭を打つ。そうして、次は球体間接の人形が身を捩らせて階段を転げ落ちるのと同じ。シフォンは泣くだろうか。打ち所が悪ければそれもままならないかもしれない。こんな小さい姿のまま、痛い思いだけ残して逝くのか。……… シフォンを抱く腕を下げた。ほとんど膝の上であやしている恰好になる。 「せつな、せつな」 気がつかないうちに外の太陽がまた顔を出している。ああ、だから、そんなことを考えたのね。唐突にせつなは独りで諒解した。いつか自分の子どもができたときも、この気持ちは忘れてはいけない。 「さ、せつな。座って座って」 促されるままに回転椅子に腰掛けると、右肩に温かい感触が乗った。正面にはデジタルカメラを構えた美希と、その隣で微笑んでいる祈里がいる。 せつなは肩に置かれたラブの手にそっと首を傾けて、瞼を下ろした。 閉じた視界が電子音を合図に一瞬白く光って、また赤黒く戻った。 空は電球を飲み込んだ蛇の腹の色をしていた。足早に流れる雲で繰り返す明暗が、太陽の胎動のように思えた。 ポケットに入ったプラスチックの健康保険証を爪で撫でると、どこかで車のクラクションが鳴った。振り返ったりしてみたがどの車か分からなかった。交通量の多い道路の脇を歩くのは慣れていない。 「この辺は、まだ少ないほうだよ」都会のほうは、もっと凄いんだよ。とラブは笑う。 知らないこの道は、産婦人科の帰りだった。脇には絶えずビルディングがあり、それに陰る路地がある。じっと見るほどに針金虫が這い進むようにずんずんと路地が建物の隙間に入り込んでいく。光の届かない向こうを見ながら、せつなはラブに尋ねる。この道、先には何があるの。 「行き止まりだよ」 と、ラブは言った。 反対側に繋がっている、ということもあるらしいが、せつなはそれを聞いても何も言わなかった。 それきり、せつなは路地に眼を向けるのをやめた。雲がまた出しゃばるときにだけ、ちらと瞥見した。 「ねえラブ、これは何?」 やがてあるとき、古い店の軒先でせつなは足を止めて、膝あたりほどの信楽焼きの狸を屈んで見つめた。その狸の腹は白く大きく膨らんでいて、へそが贅沢すぎるほど出張っていた。 「あ、これはねえ」ラブが横に並ぶ。「商売繁盛のお守り」 「これを置くと、お店にたくさん人が来てくれるようになるんだよ」 そうなの、とか、へえ、といった相槌を打つ一方で、せつなの人差し指は、うっすらと筆跡のある狸の腹を触っていた。ざらりと小汚い感触があった。 またこのとき、指を返してその汚れを見るまでの間、せつなは少し以前のことを思い出していた。 「ここ二三日、ラブの様子が変なの」 いつもの公園、パラソルのない丸テーブルの上、小さく噛んだストローを指先で撫でながら美希と祈里に打ち明けた。その日はよく晴れていたが、夜は雲が厚かった。 「どんな風に?」という質問から、美希と祈里にラブの様子をこと細かに伝えた。せつなは随分と必死だったようだ。つまり幾日かラブの口数が少なかっただけで寂しいと感じたし、独力での解決よりも先に相談相手を必要としたのだった。 一通り質疑応答を交わした後で、美希は祈里に目を向けた。祈里は美希の隣に腰掛けていた。 そうなるとやっぱり、という美希に、あれだよね、と祈里は迷いもなく頷いた。なんとなく悪戯っぽいその二人の雰囲気に「あれって、なんのこと?」とせつなは業を煮やしたように見えたのかもしれない。せつなには『あれ』が何のことか皆目検討がつかなかった。 「あれよ。女の子の日」 ストローについた歯形が増えていたのを、指の腹が覚えている。 「女の子の日?」と首を傾げると祈里が美希に耳打つように言った。せつなはまだそういうことを知らないのでは、といった内容のことだった。こっちの世界にはまだまだ知らないことのほうが多い。 「ああ、ごめんね」と言ってから急に声を小さくして、今度は美希がせつなに囁いた。生理よ、きっと。彼女からは石鹸の匂いがした。 「セイリ?」 月経、というものも、学校で教わっていた。当時まさにタイムリーで、ちょうど保健の授業で学習し終えたところだった。あとそれに続く、妊娠や出産といった事項、避妊と中絶などを数回の授業を通して習い、実際の出産の映像を見たり実寸大の赤ん坊の人形を取り扱ったりする実習授業のようなものをする予定だったのだ。実際、その通りに授業は進んでいったのだが、とにかくこの時点で、せつなは月経現象についての知識と理解を持っていたのである。 「そうなの。ラブには、生理があるのね」 二次性徴とか排卵とかいった単語がせつなの頭の中を巡り、体内受精、着床、胎盤の形成、体内での発生、陣痛、出産と、アナログな生命誕生を一通り、せつなは思い起こした。教科書に載っていた、両腕を広げた母のような子宮の模式図が、体に宿る、母親になる、ということの暗示だと思った。爪が立てられたまま、せつなはそれを引きずっている。 「それは」 回想を終えて、せつなは黒ずんだ指先を同じ手の親指と擦り合わせて消した。 「幸せなこと?」結局両の指が汚くなっただけだった。 「そうだね。商売してるんだから、儲かったらそれはそれで嬉しいと思うよ」お金儲けだけ考えるのは良くないとも思うけどね、とラブは付け加える。 「帝王切開」 という言葉が急に脳裡に浮かんだが、狸の置物には大きな睾丸袋があった。 「本当は、こういう話は食べ物のあるところじゃしないんだけどね」 美希が苦笑いをしていたのを思い出す。立って、わけもなく首を上に向けると、赤い提灯が四つ見えた。左から二つ目の提灯、その真ん中より少し下のあたり、わずかに破れているところに透明なビニルテープが貼ってある。四つの提灯には、らあめん、とそれぞれ一文字ずつ書かれてある。全てまだ明かりを孕んでいなかった。全部、点くだろうか。あるいは中身が抜かれているのではないか。もう、じきに暗くなる。 またラブと他愛ない会話をしながら、家に帰ろう。ラブの横で、再び帰路についた。 空に広がる灰色の亀裂から陽が出ている。それでも、今に雲が陽の出口を縫合するだろう。いつかと同じ空模様だった。 「幸せってたくさんあるのね」 なら、代わりはいくらでもある。せつなは知っていることをわざわざ口に出すことはしなかった。 犬の小便でレントゲンの色に濡れた電柱が眼に入った。
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/812.html
「せつ……な……」 また、せつなを呼ぶ自分の声で目覚める。 時々見る、まったく同じ夢。 せつながあたしから離れて、遠くへ行ってしまう夢。 それは夢なんかじゃなかった。まごうことのない、現実。 あたしは確かにそれを受け入れたんだ。 お互いがんばろうねって、笑いもした。 けどそれは、ふり。受け入れた、ふり。 頭では理解していても、心では納得ができないでいる。 あたしはせつなを想う。夏になった今も、なお。 「ラブ、おはよ」 「おはよ、由美」 「放課後、昨日言ってたケーキ屋さんにみんなで行くの。七夕スペシャルパフェ。ラブも行くでしょ?」 「そうだね」 「蒼乃さんや山吹さんも誘う?」 「どーかな、ふたりとも忙しそうだから」 「そっか、残念だね」 予鈴を合図に、あたし達は席に着く。 あたしは授業に没頭する。 この春、著しく成績が下がって、お母さんは学校から呼び出しを受けた。 けど、お母さんは何も言わなかった。それが、かえって辛くて、あたしはお母さんに八つ当たりをした。 そんなあたしに、お母さんは言った。 「ラブ、せっちゃんの所に行きたいなら、構わないのよ」 「えっ……」 あたしは言葉を失った。 「ラブの気持ちくらいわかるわ。これでもあなたの母親だもの。 けど、約束して。いつかせっちゃんとまた会える日のために、自分を磨いておいてほしいの。 あなた達が再会した時、せっちゃんがもっとラブを好きになるように」 お母さん、ありがと。あたし、ちゃんとするよ。 いつか、せつなと一緒に居られるようなあたしになるために。 それからだ。あたしの成績はぐんぐん伸び、気づけば勉強が面白くなっていた。 せつなと暮らしていた頃の特訓で、基礎は叩き込まれていたらしい。 両親や先生だけでなく、美希たんやブッキーにも誉められた。 それでも、相変わらず夢は見た。 離ればなれになったばかりの頃は、毎晩のように見ていた夢。 回数こそ減ってはいたが、時々思い出したように定期的に見てしまう。 まるで彼女の居ない現実を、目の当たりにさせるかのように。 せつなの夢を見た日は、なかなか寝付けない。 朝の夢の残滓を引きずるように、ベッドの中で悶々とする。 せつなの声を、指を、舌を、あたしの身体は痛いくらいに覚えてる。 今夜もそうだった。 あたしは、パジャマにそっと触れる。 せつなのとおそろいの、ピンクのパジャマの中に、優しく手を差し入れた。 これは、せつなの指。 胸の突起を転がす。物足りない。唾で指を湿らせ、もう一度つまびいた。 これは、せつなの舌。 「ふ……」 愛しい人を思い出し、声がもれる。 胸への刺激は続けながら、もう片方の手を下着の中に差し入れる。 熱い潤いを感じ、塗り広げていく。中心に息づいた芯を、中指で左右に押しながら揺さぶる。 快感が全身に伝わってゆく。 「せつなっ!せつなあっ!」 何度も腰が跳ね上がり、あたしは果てた。 せつなを感じ、せつなをなぞる行為に夢中になった。 だから、気づかなかった。一瞬、赤い光が部屋を満たしたことに。 「はあ……はあ……」 まだ息の荒いあたしの脚に遠慮がちに触れる、誰かの細い指。 余韻に震えるあたしに生まれる、驚きと戸惑い。 その指は、ぴんと突っ張るように伸ばしていたあたしの脚を開く。 暗闇であたしの中心を探り当て、忍び込む。 馴染みのある感覚。この感じ、あたしのここは覚えてる。 愛しい指は、ノックするように抜き差しを繰り返した。 「ううっ、あん!あん!」 声を押し殺し、啼く。叫ぶ。大きくなる確信。沸き上がる歓喜。こぼれ落ち、シーツに染み込む涙。暗かった世界は、真っ白になった。 ぐったりしたあたしに、せつなはキスの雨を降らせる。 「帰ってくるなら連絡してよ……」 「恥ずかしいラブの姿を見たかったから」 「もう!」 「ふふ、驚かせた?ごめんなさい。けど連絡はできなくて。何故かメールも電話も繋がらないの。今、原因を調査中」 「今日は休暇?初めてだね、会いに来てくれるの」 「ええ。今日だけは絶対帰るって、行く前から決めてたから。ウエスターやサウラーも呆れてたけど」 せつなは楽しそうに笑った。 たくさん話した。せつなの仕事、ラビリンスの様子。 復興を最優先にするために、リンクルンを鍵のかかる場所にしまいこみ、その鍵をサウラーに管理してもらっていたこと。 復興が一段落し、いざリンクルンを取り出してみると、電話もメールもできなくなっていた。 けど、せつなはがんばれた。 七夕には帰る。あたしに会いに。そう決めていたから。 そして……。一人寝の夜のこと。あたしを想い、せつなもひとりで苦しんでいたんだ。 あたし達って、似た者同士なのかな。 「これからもっと忙しくなるの。でも、必ずまた来るわ」 「あたし、せつなが」 「待って。わたしに言わせて。いつか、いつか大人になって、ラブが自由にどこにでも行けるようになったら……ラビリンスに来てほしいの!」 「……」 「返事は?」 「……ずるい」 「何が?」 「あたしが先に言うつもりだったのになー。いつかラビリンスに、せつなの側に行かせてほしいって」 「ラブ……約束よ?」 「もちろん!せつなの側がいい。せつなの側じゃなきゃ、いやなの」 抱きしめたせつなから、想いがあふれてる。たぶん、あたしからも。 たとえ住む場所は離れてても、心は離れない。 誓いの口づけ。七夕の夜に、将来を誓い合う恋人たちのシルエット。 織姫と彦星も、きっと天の川から見てる。 あたしはこの夜を、一生忘れない。
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/91.html
Tears of the clover:episode.1【不器用なキス】 「ふぅ…」 公園が夕暮れ色に染まるなか、アタシはひとり寂しく、カオルちゃんのドーナツカフェでため息をついた。 「どうしたお嬢ちゃん、ため息ついたら幸せが逃げてくよ、グハ!」 「カオルちゃんは悩み事とかなさそうだよね…」 「オイオイ、これでもオジサン、お嬢ちゃんよりも人生の先輩なワケだ。君たちくらいの頃もあったんだぜ」 めずらしく先輩風を吹かせるカオルちゃんに、アタシは意地悪く尋ねた。 「じゃあ聞くけどさ、好きな子を振り向かせるにはどうすればいいの?」 「ウッ…急に腹が痛みだした…悪いがお嬢ちゃん、店じまいだ」 カオルちゃんはそう言うと、慌ててお店を閉め、帰ってしまった。 何よ。 「ふぅ…」 幸せが逃げてく、か。 今のアタシに、逃げるだけの幸せが存在してるんだろうか。 幸せって何だろ。 アタシの幸せ… 不意にあの子の顔が浮かんだ。 考えれば考えるほど、あの子の事で胸がいっぱいになる。 なんだか胸が苦しいよ… アタシ、どうしちゃったんだろ。 静寂を破るようにリンクルンが鳴った。 せつなだ。 「…はい」 『あ、ラブ?遅いから心配になって電話しちゃった。お母さんも心配してるわよ。もう帰って来れるんでしょ?』 「ん…ちょっとひとりになって考えたいことがあってさ、ごめんね心配かけて。今から帰」 最後まで話し終わらないうちに、目の前に赤い発光体が現れ、強く抱きしめられた。 「…せつな」 「心配…させないで」 「ん…ごめんね」 安心させるように、華奢な身体を強く抱きしめ返す。 せつなはきっと気づいてる、アタシの中に、せつな以外の誰かがいること。 だけど、アタシにとってせつなもまた、欠けがえのない存在。絶対に失いたくない、大切なひと。 …最悪だ、アタシ。 「キスして…」 「え」 思いがけない言葉にうろたえる。 正直、最近せつなの顔をまともに見れなくて、キスどころかそれ以上もご無沙汰だった。 「最近キスしてくれないのはどして?」 「そんなこと…ないよ」 無意識にくちびるを湿らせ、逡巡する。 自分の気持ちがせつなに伝わりそうでなんだか怖い。 だけどここでしなきゃ、もっと不安にさせちゃうよね。 アタシは決意して、せつなを抱きしめている腕を緩めた。 「目ぇ、つむって…」 「イヤ。ラブの顔見てたいの」 「…しにくいよ」 「いいから早く…」 せつなに急かされ、おとなしくくちづける。 久しぶりの、せつなの感触。 キスを続けているうちに、せつなを好きになり始めた頃を思い出し、自然に力が入り行為にのめり込む。 やがて、開いていたせつなの両の瞳は閉じられ、小さな一粒がそっとこぼれた。 【眠れる恋】へ
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/524.html
Eas to Eas 第4章 変化の始まり そして夜が明けた。 イースは手首を合わせ、少し躊躇った後に擦り合わせる。 「スイッチ・オーバー!」 この世界により適応するための姿かたち、肉体、衣装に変わっていく。 最大の戦闘力が使えないものの潜入という目的からすると必要なことであった。 先代の記憶が白いチュニックと黒いロングパンツを選んだ。 自らの髪を一瞥する。 「やはり…… 完全にはなれぬ故か」 ラビリンス人特有の淡い銀色の髪は変わらぬことに一人ごちた。 一度出撃したときに人々に姿を見られており、前のイースも人々の記憶にはあろう。 独特の髪色から怪しまれれば本懐を遂げることもままならない。 再び手を合わせてコットンハットを召喚、髪を束ねて中に押し込んだ。 そして、せつながいるクローバータウンに向かった。 * 「今日はここまで!来週は新しいステップよ」 「ありがとうございました!」 ダンスレッスンが終わる。 「さー、ドーナツカフェにいくよー!」 「OK!」 ためらいながらも、ミユキがせつなに声をかけた。 ミユキはクローバーに新しく加わったせつなが驚異的な動きの良さを見せることに内心驚いていた。 ただ今日は、ステップのキレがプロダンサーとしての目から見てほんのわずか鈍っていたことが気になっていた。 「せつなちゃん、今日ほんの少し体が重そうだったけど大丈夫?」 「はい、なんともありません」 「本当? 無理はしないでね」 「ありがとうございます。精一杯、頑張ります!」 ミユキはそのまま次の仕事場に向かった。 「せつなちゃん……あの時のイースのことがまだ?」 祈里も美希も、せつなが今日は時々つらそうな動きをしていたのを気にしていた。 「何でもないわ。もう大丈夫よ!」 せつなはこれ以上余計な心配をかけまいと思い、笑って答えた。 「ダンスはやっぱりむずかしいよね~」 せつなの思いを察したラブが口をはさんだ。 その目に何か言えない事の存在を感じた美希は、真顔で言う 「ラブ……本当は何があったの?」 美希の目はごまかせそうにない…… そう覚ったせつなが口を開いた。 「昨日イースが現れたわ」 「ラブは何してたの!」 「ごめん、あたし補習受けていたんだ……」(せつな一人でイースと戦ったの?) 「イースはナキサケーベを使ったの……だからああするしかなかった」 せつなは自分の身体を傷つける戦いを行ったことを告白した。 美希がせつなの前に立った。 パシーン! 「覚えておいて! 自分も守り、皆も守るのがプリキュアよ!」 「自分を……守る」 せつなはラブの言葉を思い出していた。 『そんなことしなくていいんだよ。プリキュアの戦いは罪滅ぼしじゃない。 大切な人たちを……そして自分を守る。ただそれだけでいいんだよ。 もしもせつながそれを許せないなら、あたしが全てをかけてせつなを守ってあげるから』 かつて自分の命はいつ不要となっても仕方がないものであった。 そして、再び与えられた命は、大切な友をそして人々を守るためにある。 それだけでいいと思っていた…… ドーナツカフェに向かう道、せつなと離れて歩いていた美希がラブに話しかける。 「せつなが本当にいなくなったら、もう『最初からいなかった』なんてこと思えないか ら……」 「美希……」 美希はせつなの存在が新しい仲間というものだけではないと感じつつあった。 せつなの横で祈里が声をかけた。 「命はね、神様が私たちに預けてくれているものだって」 「神様って、何? 私がメビウスを信じていたようなもの?」 「う…私もよくわからないの……でも、神様ってあれしろこれしろって 命令したりするものじゃないんだっていうのはわかるの。どこかで見守ってくれている存在なのかな……」 「この世界には、そういうものがあるのね」 「そうね…… きっと、命は自分だけのものじゃないから 大切にしなさいっていうことなのね」 「わかってるわ。私の命もアカルンがプリキュアとして生きるために 預かっているのね」 「それだけじゃないの。命はね、誰かにささげるものじゃない。 生きるためにあるの」 * 「なかなか見つからないものだな……」 そのころ少女は、せつなを探して四つ葉町を探索していた。 戦闘記憶を呼び出し、かつてイースがプリキュアと交戦した場所を巡っていたのだ。 歩いているうちにも傷痕がまた疼く。 「この感覚があると身体がうまく動かない……どして……」 ラビリンスの人間は痛みという感覚の存在を知らずに生きている。 イースとなって戦場に立ち、傷を負った時に初めて痛みを知るのである。 ナキサケーベの触手によるダメージは単に棘による刺し傷だけではない。 棘を通じて肉体の中枢にまで及ぶものである。 使える回数は2回限りとなったが、1回当たりの使用者への負担は前のナキサケーベをはるかに上回る。 より使用者の命を貪り、パワーアップする仕様となったのだ。 四つ葉町を歩き回っているうちに中枢を蝕んでいたダメージがさらに増大していた。 公園に着いた頃には力尽き、そのまま座り込んでしまった。 「メビウス様……わかっております……」 目の前では、少年が投げたフリスビーを一頭の大型犬が追いかけていた。 タケシとラッキー、せつなとの練習により習得した『パッションキャッチ』にさらに磨きをかけるべく、 トレーニングに励んでいるのであった。 (あいつらは……) かつてせつながナケワメーケを召喚するために使った、犬という生物とその飼い主という記憶が呼び出された。 プリキュアによって浄化されているためにラッキーを召喚の依代にはできない。 今は事を荒立たせるのは得策ではないと判断した。 ひょっとすると彼らを通じてせつなに行き当たる可能性もある。 (しばらく様子を見るか) ラッキーのキャッチは安定していたものの、タケシのフリスビーの飛ばし方が回を重ねるに従って 速くなったり遅くなったり長くなったり短くなったり不安定になっていることに気付いた。 フリスビーの投げ方にムラがあることによるものであった。 安定した動作によって総統メビウスに与えられた仕事を行うことは一般国民だった頃より身についていた。 (この世界の人間はやることにムラが多いものだな) そんなことを思う自分に苦笑していた。イースとしてのデータを引き継ぐときには感情のような余計なものは オミットされるはずであった。 (イース、どれだけの影響をこの世界で受けてきたのだ?) タケシのフリスビーの手元が狂った。 「危ない!」 タケシが叫んだが、スピードのあるフリスビーが少女の目の前に迫る。 「パシッ!」 少女はフリスビーを間一髪でキャッチした。 「ごめんなさーい!」 タケシとラッキーが駆けよってきた。(せつなに近づくためだ、それにやはりムラが多い動きは気になる) 「気をつけてね」 少女がタケシにフリスビーを渡した。 「ありがとう……」 「ウウ……」 ラッキーは若干警戒していたが、少女にそれほど悪意のようなものを感じなかったせいか、 距離を保つに留まっていた。 「君、あの投げ方だとどこに飛ぶかわからないわ」 「え?本当?」 「私の投げるのを見ていて」 少女は手首のスナップを生かし、最低限の動きでフリスビーを投げる。 50m先に置いていた目印にフリスビーが正確に落ちた。 フリスビーはラッキーが回収して持ってくる。 これを20回繰り返し、寸分の狂いなくフリスビーを投げて見せた。 「すごいよ、お姉ちゃん」「簡単なことよ」 少女はタケシにフリスビーの持ち方から教えていた。 タケシがフリスビーを投げる。 慣れていないせいか、当初はぎこちない投げ方になっていたが、徐々に安定感が増していく。 ラッキーのキャッチもさらにスムースになっていた。 「いいわね」 「ありがとう」 (私はなにをやっているのだろう……) 他人にかかわることなどラビリンスでは一切なかったが、潜入探索における最低限の対人スキルは 教育プログラムに組み込まれていた。ただ、それだけのはずであったが…… 手ごたえを十分感じたタケシであったが、さすがに疲れてきて休むことにした。 「これでパッションキャッチがさらに上手くいくようになるよ」「よかったわね」 「そうだ、僕はタケシ、この子はラッキーっていうんだ。お姉ちゃんは?」 少女はこの世界の潜入用に与えられた名前についての記憶をたどった。 「東(あずま)もこ、よ」 「もこお姉ちゃんか……ありがとう、フリスビーの投げ方のことまで考えてなかったよ」 「パッションキャッチって、誰に教えてもらったの?」 「せつなお姉ちゃんだよ」 (やはりな……) 「その人って、普段どこにいるの?」 「せつなお姉ちゃんはねえ…… あ、そうだ。これ飲む?暑い日は水分をちゃんと取らなきゃダメだって」 タケシは少女にミネラルウォーターの入ったペットボトルを渡した。 (あの時と同じ?) 最後のカードを使おうと、ラブを振り切ったせつなの記憶がフラッシュバックする。「やめろ……」 少女はミネラルウォーターを払いのけた。 「え?」 いきなり立ち上がり、髪を隠していたコットンハットを払いのけた。 銀色の髪がなびく。 「もこお姉ちゃん!」 「私はもこではない!イースだ!」 「イースはもういないって……」 「だまれ!スイッチ……」 手首を合わせ、本来の姿に戻ろうとしたがダメージを残る身体への負担は大きく、 電撃を浴びたような痛みが少女を襲った。 「アァーーーッ!」 そのまま、少女は倒れてしまった。 「どうしたの!?」 Eas to Eas 第5章 香りが導く未来へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/193.html
せつなが消えてどれくらい経ったのか。 時間の止まった部屋に祈里もまた、足止めされている。 一人取り残された祈里は乱暴にベッドに身を投げ出した。 ふわり……、とせつなの香りが全身を包む。 (匂いだけなら………) 匂いだけなら、まだこんなにも愛しい気持ちになるのに。 辛い。そう思っていた頃がいかに幸せだったか思い知る。 ふと目が合う。不意に肩が触れ合う。笑顔であだ名を呼ばれる。 それだけが、自分に手に入るすべてだった頃が。 辛い、そう思ってた。自分を見てくれない。気持ちに気付いてくれない。 どんなに焦がれても、手が届かない。 眠れぬ夜を過ごし、ラブへの嫉妬で身を揉んだ。 けど、その思いは決して穢れたものではなかったはずだ。 よく、こんな事が出来たものだと思う。自分だったら死にたくなるだろう。 自分の行為を棚上げして、他人事のようにそう思う。 酷い、事をした。誰が聞いても眉をひそめ、自分を糾弾するだろう。 『許して』、その言葉を口にするのすらおこがましい。 「好きよ」 「本当に、不思議だけど」 せつなが自ら発した言葉だとしても、本心だと言う保証なんてどこにもない。 逃れるために、口にした保身のための台詞だとしてもおかしくはない。 心のない、虚ろな繰り事を飽くことなく強要してきたのは、 他ならぬ祈里自身なのだから。 「……『好きよ』だって。」 馬鹿にしてるの?わざと投げやりに聞こえるように声に出してみる。 上手く、いかない。 嬉しい、確かにそう感じている自分がいるから。 許してもらえるの? あり得ない事を考える。 どうしたって、言い訳すらするのは卑怯だろう。 確かに辛かった。どうしようもなく。 しかし、だから何だと言うのだ。 そんなこと、せつなには関係ないのに。 一度たりとも、せつなに直接思いを伝えた事なんてなかった。 それを、せつなが気付かないからと言って、彼女に何の責任があると言うのだ。 自分の狡さを直視すれば、自分が壊れてしまう。 本当は分かってた。せつなが自分を見てくれない。そんなのただの言い訳だって。 わたしは、自分のものにならないと分かってる物を壊してしまいたかっただけ。 だから、その責任を壊される本人に擦り付けようとした。 『せつなちゃんが悪いんだからね』 そう言いさえすれば、よかったのだ。 そうすれば、せつなに何をしても自分は悪くない。そう、 自分を騙す事が出来たから。 言い訳さえ手に入れれば、せつなにはいくらでも辛く当たれた。 体を弄ぶばかりでなく、心も苛んだ。 人として、こんな事は絶対に言われたくないだろう言葉を敢えて投げ付けてきた。 せつなは一度として反論なんてしなかった。 呼び出せば、いつでも応じる。 最初は震えていた。特に初めて呼び出し、わたしが本気でなぶる気だと 理解すると紙のように白く血の気を引かせていた。 始めの数回は、終わるといつも堪えきれないように泣き叫んだ。 許してくれと言う懇願を、わたしは子供の戯れ言程にも相手にしなかった。 せつなを完全に支配下に置いたかのような、歪んだ満足感。 わたしは、どうにでも出来る、と。 しかしその内、せつなは心を閉ざし、人形のように空の体を差し出す事で、 自分を守ろうとするようになった。 心の中から自分を消し去ったせつなに祈里は苛立ち、ただ、せつなをいたぶる。 いつの間にか、そんなふうになっていた。 壊れてしまえばいい……本気で、そう思いながら。 心は諦める。せめて体だけでも。………そう思っていたはずなのに。 せつなの体の甘美さは祈里を陶然とさせた。 夢中で貪り、すべてを忘れた。 しかし、せつなの心は祈里の一切を無視した。 拒絶ですらない。せつなは自分を弄ぶ祈里を、心に蓋をし、完全に閉め出した。 体は確かに愛撫に応える。でもそんなものは、ただの反射に過ぎない。 目にゴミが入れば涙が出る。食べ物を口にすれば唾液が涌く。 それと、同じ事。分かっていた。 だから、敢えてせつなの体の変化を事細かくせつなに聞かせた。 (気持ちよさそうね。ラブちゃんじゃなくても、感じちゃうんだ。) ラブの名を口にしたときだけ、せつなの瞳が揺らぐ。 愛撫を快感として受け入れる自分の体に罪悪感を覚えている。 そんなせつなの様子に祈里は暗い満足感を覚えていた。 「もう、ここには来ないわ。」 何がせつなにそう言わせたのかは分からない。 今のせつなに鎖を断ち切り、振りほどく力などないと思っていた。 でも目をそらさず、そう、確かにせつなは言い切った。 本気で、ラブに話す気なんだろう。 わたしが好き。わたしの気持ちが悲しい。 せつなは、真っ直ぐに目を見てそういった。 先に目をそらしたのは、わたしの方。 (わたし…勘違いしちゃうかもよ……) 謝れば…、許してもらえるのかも……って。 謝るなんて卑怯だろう。 傷付けた相手に、許しを強要するなんて。 後悔してる……なんて、口が裂けても言ってはいけない。 謝って楽になる。わたしに、そんな贅沢は許されないはずだ。 踏みつけにした相手にすがって、許しを乞う。 自分にそんな勇気があるとは思えなかった。 せつなは自分の部屋に戻るなり、へたり込んだ。 (アカルンって便利よね……) こんな姿、誰にも見られなくてすむもの。 立っていられない。平衡感覚がおかしい。ベッドまで這って行く気力もなかった。 蛇口が壊れてしまったかのように、涙が止まらない。 私は、おかしくなってしまったんだろうか。 祈里の言葉が頭を回る。 「わたしのこと、考えたことなんてないくせに。」 本当に、その通りだったな。と今さらながら感じる。 今まで愛情も、優しさも何一つ与えられた事はなかった。 その私が、生まれ変わって溢れんばかりの愛情に包まれた。 家族、友達、そして何より大切な人。 空っぽだった心身にそれらは惜しむことなく注ぎ込まれ、溢れて、こぼれていった。 そして私は、慣れない幸福に溺れてしまったのかもしれない。 こぼしてしまったものの中に、取り返しのつかない大事なものがあったかも知れないのに。 祈里は大好きだった友達。ラブを除いて、「東せつな」として 生まれ変わってから、初めて出来た友達。 ラブとは違う、私がイースだった過去を知った上で、 微笑んでくれた。 『気持ちよくなれれば、誰でもいいんじゃないの?』初めての夜、祈里に言われた。 深い意味はなく、ただなぶるために投げられたのだと言う事は分かる。 でも今になって、心に突き刺さる。 (本当に、そうだもの。) 半分当たっていた。今なら、そう思う。 ラブとはまた違った、控え目で柔らかい祈里の空気が好きだった。 祈里といるとホッとする。ゆったり時間が流れて、癒されるって こんな感じなのかと知った。 でも私は、本当に祈里が好きだったの? ただ、祈里がくれる心地よい空間が好きだっただけ。 自分を優しく包んでくれる空気。 そう、心地よい気分にさせてくれるなら誰でもよかったのかも知れない。 祈里でなくても……。 そして、ふと、心をよぎった思いがある。 どれほど、心身が悲鳴をあげても私はラブに抱かれたかった。 例えラブの目に探るような固いしこりが見えても。その手から優しさが消えても。 体だけでも繋がっている。そう思えるだけで、嬉しかった。 (祈里も……そうなの…?) 心が手に入らないなら、体だけでも。 無理矢理にでも体を重ねれば、何かしら相手の心に自分を刻めるかも知れない。 祈里を、自分に重ねてみた。 もし、ラブが…自分を見てくれなかったら。 ただの友達。それだけならいい。我慢できる。みんな同じなら。 誰も特別な人などいなく、みんなと同じ、ただの仲の良い友達。 でも、そのラブの目にはいつも他の誰かが映っていたら。 『あなただけが特別』、誰が見てもそう思う相手が、すぐ身近にいたら。 ラブが自分を他の誰かの代わりに抱く。 どれほど体を重ねても、ラブの心に自分の影すらない。 愛し気に愛撫を繰り返しながら、他の誰かの名前を呼ぶ。 考えただけで、心が凍り、ヒビが入る気がする。 たぶん、正気では、いられないだろう。 私が、祈里にしていたのは、そういう事。 (もう、止めなければいけない。) 祈里の心が壊れてしまう前に。 そう思った日、初めて祈里を思って涙が出た。 ラブは許してくれないかも知れない。 穢らわしい物を見るような目で見られるかも知れない。 けど、ラブにどう思われようと、側にいることは出来るはずだ。 ラブが、許してくれなくても私がラブを好きでいる事は出来るんだから。 私が心を閉ざし、踞っている間にどれだけラブも祈里も傷付いただろう。 自分が一番辛いと思い、目も耳も塞ぎ、過ぎるはずのない嵐をやり過ごそうと 意味の無い我慢を重ねていた。 私さえ、ちゃんと目を開いていれば、もっと早く終わらせる事が 出来たはずなのに。 (私って、本当に馬鹿……) 今日だって、祈里とちゃんと話そうと思って行ったのに。 いざ、祈里を前にすると体がすくんだ。きっぱり拒否する事も出来ず、 伸ばして来た手を押し留めるのが精一杯だった。 それに……、祈里と話すために行ったのに、口から出るのはラブの事ばかり。 あれではますます祈里を傷付けただけではなかったのか。 最後に、取って付けたように『祈里が好き』。 後は逃げるように帰ってきてしまった。 優しくしてくれるから、祈里が好きだったわけじゃない。 何を言われても、どんな事をされても嫌いになんてなれなかった。 だから、もうこんな事はやめにしたい。 そう、伝えたかったのに。 祈里は、私の言葉を信じてくれただろうか。 もう、元には戻れないのかも知れない。 来てしまった道を後戻りは出来ない。 けど、また違う道に進む事は出来るのではないか。 話せばすべてが壊れてしまうかも。 でも、このまま暗い穴の中へみんなで堕ちていくよりは、 ずっとマシだと信じたい。 まだ、間に合う。……そう、信じたかった。 (………お願いします。) 祈った事なんてなかった。でも、今は何かに祈らずにはいられなかった。 4-33へ続く